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会津若松市国際交流協会今月のコラム > 国際交流深イイ話

  • Endo Zenichi 遠藤 善一 さん
     
  •   毎月FINE発送作業に来てくださる遠藤さんです。
    毎月FINE発送作業に来てくださる遠藤さんです。
    写真はホームビジットで会津大学の留学生と市内のALTを受入れた時の写真です。 ほのぼのとした暖かい雰囲気の、とっても仲のいいご夫婦です。

     私が会津若松市国際交流協会にお世話になる事になったきっかけは、平成22年、市政だよりに載っていたホームスティ受入れの内容でした。
      退職をした後で、第三の人生を有意義に過ごすには、何か人の為にできることをやりたいと思っていた時でした。
     早速、交流協会に申し込みをして、ホストファミリーとなり、ヨーロッパの大学生を受入れる事になりました。どこの国の人が来るのだろうか、どんな人が来るのだろ うか、日本語は話せるのだろうかと不安はありましたが、大丈夫でした。イタリアの青年で、5ヶ国語が話せる、ジュッゼッペ・リジという、24才の男性でした。
     初めて会ったとは思えない、人なつこい青年でした。夕食はどんなものを出したら いいんだろうと思いながら、「こづゆ」「きんぴらごぼう」「ほうれんそうのおひたし」 など日本食を作りましたが、彼は喜んで食べてくれました。特に日本酒を気に入って くれて、沢山飲んでくれました。2日間という短い滞在でしたが、私にとって外国の人 との初めての国際交流でした。
     彼はその後、東京・奈良・京都で研修を終えて、昨年の9月に帰国したようです。 3.11の地震、津波、原発事故の時は大変心配してくれ、何度もメールが届きました。 イタリアの青年との出会いを機会に、将来イタリアへ旅行に行くことを楽しみにして います。
     現在、63才で始めた趣味の油絵を、愛好会の皆さんと月に1度集まって勉強会をして います。又、妻は編み物でマフラーを作ったり、折り紙で飾り物を作ったりして、 ボランティア活動で被災者の人たちに配りながら激励をしています。飾り物は今まで 300個位配りました。
     支え合い、励まし合って生きるのが人間です。人は多くの人の支えがあって人間に なれるのです。これからも協会を通して多くの人(外国人も含めて)とのコミュニケ ーションを深め、人間交流に頑張ります。
     外国の人とコミュニケーションを深めるためには語学が必要であり、英会話が出来 る様になれば、もっと視野が広がり、海外旅行が楽しくできるだろうなと夢をふくら ませている今日この頃です。


  • Kenichi Kimura 木村 賢一 さん
     
  •  学生の頃から当協会の様々な事業でボランティアとして大活躍し、今でも当協会でイベ ントを開催する際は、遠い東京から駆けつけてくれる、みんなの頼りになる男、木村さん です!

    私が協会に参加するようになったのは、学生時代に友人から勧められたことがきっかけ でした。当時は「国際交流」という言葉自体が新鮮で、そもそも何をするのだろう?そん な素朴な疑問を持っていました。  
    それから協会のイベントを通して様々な文化圏の人々と触れ合うようになり、会津とい う小さな土地で自分を取り巻く環境が少しずつ広がっていきました。大学卒業後は、実際 に現地で文化に触れてみたい!そんな想いから、私は一人オセアニア、アジアの旅を決意 しました。 そして2年近くを異国の地で過ごし、数えきれない人々や文化に出会い、私は相手を理解 することの大切さを実感しました。一歩日本を出てしまえば、自分が外国人です。きちんと 相手を理解し受け入れようとしなければ、生活することは困難です。異文化の中でそれは 簡単なことではなく、悩む事も沢山ありました。しかしそれでも旅を続けることが出来た のは、会津という帰る場所があったからです。  
    再び会津へ戻ってきたとき、変わらず存在した身近な環境への感謝の気持ちは決して忘 れません。その後の協会での活動を通じて、国境を越えて相手を身近に感じること、日々 の自分を支えてくれる土地へ感謝の気持ちを還元すること、それらが自分にとっての 「国際交流」なんだと考えるようになりました。  
    今、私はシステムエンジニアとして東京で働いています。グローバル化が進むIT業界では、 中国、インド、アメリカを始め、様々な国の人々と接する機会が増え、異文化を理解した コミュニケーションが欠かせません。また仕事の傍らでは、パーマカルチャーをテーマに した自然体験のワークショップなどを通じて地域活性化の活動を行っています。
    協会から始まった国際交流ですが、環境は変わっても、感謝の気持ちを忘れずこれからも 続けていきたいと思います。



  • Hanami Sayaka 花見 さやか さん会津若松市国際交流協会
     
  • 当協会日本語ボランティアの花見さんは、8月に日本語教師としてアメリカへ旅立ちました。たくさんの生徒さんたちと元気に充実した毎日を過ごしています!

    私と国際交流との出逢いは、中学生のとき。 わたしは、ごくごく普通の(?)、英語が好きな中学生でした。 ひとつだけ、変わっていたところといえば、「とにかく英語でコミュニケーションがしたくて仕方ない!」と思っていたことだと思います。 わたしの「英語でコミュニケーションがしたい!」という夢は、ALTとしてわたしの中学校にアメリカから来ていた先生のおかげで、早々に叶うことになりました。彼女は、習ったばかりの英単語を並べただけのような、わたしのカタコトな英語にも耳を傾けてくれ、その当時大好きだった、ダニエル・ラドクリフくん(ハリーポッターの俳優)にファンレターを書くのも手伝ってくれました。(お返事にポートレイトもいただけたんですよ!)人生初の、アメリカ人とコミュニケーションをするという経験から、外国語を学ぶ楽しさを知ったことはもちろん、自分の母語や、自分の国の文化を教えるということに興味を持ちました。そして、 日本語教師になろう!と決めたのです。
     大学生になるまで、大学生になっても、英語圏にしか興味のなかった私ですが、ボランティアに参加したり、留学生の友人ができたりするうちに、アジアに興味を持つようになりました。流暢に日本語を話し、日本の政治や歴史についての知識も多い留学生の友人を持てたことは、アジアのこと、そして日本のことをもっと深く勉強する、とてもいいきっかけになったと思っています。
     日本語教師1年目をフィリピンで送ったわたしは、たくさんの人たちに出会い、多くのことを学びました。そして現在、わたしはアメリカのワイオミング州にある高校で日本語を教えています。日本人がほとんどいない中での生活に、もちろん不安もありますが、たくさんのステキな人たちと出会い、たくさんのことを吸収できる環境にいられることを、本当に幸せに思います。応援してくれる友達や、いつもわたしの味方でいてくれる大好きな家族のために、一回りも二回りも大きくなって日本に帰れるよう、日本代表、福島県代表、そして会津代表になったつもりで、これからもがんばります。


  • Mr. Komatsu 小松 忠夫 さん会津若松市国際交流協会
  • 小松さんと国際交流との出会いは、喜多方市の姉妹都市交流事業に参加した際の出来事でした。小松さんにとって思い出深いベイヤー夫妻。
    いつの日か、ご夫妻との再会が果たせますよう!
  • 振り返れば、随分昔のことになってしまいましたが、会津喜多方国際交流協会の交流行事に仲間入りさせてもらい、喜多方の中高生を引率して、市の姉妹都市であるオレゴン州ウィルソンビル市に短期研修に行ったのでした。1994年(平成6年)。初めてのホームステイでした。
    ポートランド空港に私を迎えてくれたのはランディ・ベイヤー夫妻。二人とも背丈も横幅もビッグ・サイズ。さすがアメリカと、変なところで感心してしまったものでした。空港から高速で40分。途中、何を話したら良いのか困惑したのを憶えています。
    ベイヤー家はこじんまりとした瀟洒な平屋の住まいで、ランディは早めに退職し、自宅でコンピュータの仕事をしながら長年勤めた消防署でボランティアとして働いており、奥さんのマリオンはポートランドの病院の看護師でした。
    再婚同士で、それぞれの家族の写真が廊下の両側に向かい合って掛けられていました。これがアメリカ流なのだなと思ったものです。
    障害者の通所施設の見学とコンサートホールでのオーケストラ演奏会を体験したいと話したら、熱心に新聞広告や電話で調べて、休日に連れて行ってくれました。
    特に車椅子の指揮者のオレゴン・シンフォニーの演奏の素晴らしかったこと。ホールでの休憩時間のティータイムは、友達同士を紹介してくれ、社交場のようでした。また、演奏前に自然にはじまった国歌斉唱の一体感!感動の体験でした。
    食事は、歓迎ポットラック・パーティーの残り物が何日間も出てきて、質素な日常生活でした。滞在中、近くに火事があって、おかげでランディの仕事ぶりを拝見。消防署の見学まですることができました。渡米前に一夜漬けで仕込み、
    披露した茶道のお点前では、靴を履いたまま床に座りこまれて、びっくりしたこと。
    今では懐かしい想い出です。
    この時の体験で、私のような下手な英語でもなんとかなることがわかり、当時、市の企画調整課長だった吉田さんの勧めで、日本語会話教室の教師をはじめ、ホストファミリーボランティアに関わるようになったのが、私の会津若松市国際交流協会との出会いでした。あれから15年。長いお付き合いが続いています。

お問い合わせ・ご感想は当協会事務局 TEL:27-3703、又はメール:  mail@awia.jp にて